AUTHOR: shi3z
TITLE: 戦略(Strategy)、作戦(Operation)、戦術(Tactics)、そして兵站(Logistics)
これは僕が育てるべき何人かの「経営者の卵」たちに充てたエントリーだ。
直接メールするよりも、公開エントリーにしたほうが、ブクマのコメントなどで多面的に物事を見られて良いと思う。
さて、僕はいくつかの会社の経営者を育てるという仕事もしている。
そんなことをするなんておこがましい気もするが、なんとかかんとか、自分自身でも10年くらいは会社を経営して来た。
そのなかで心がけていることは、仕事をしないようにしよう、ということだ。
経営者の最大の目標は引退である。
労働者から出発し、経営者となり、最後は引退して資本家になる。
引退する、とは、後継者を育てるということだ。
自分自身がそこにいなくても自分が居るのと同じかそれ以上の効率で仕事がまわるのが理想であり、そういう仕組みを作ったらその仕事から引退する。
もちろん経営者になるような人間はただ引退して余生を暮らすようなことはしない。
また別の仕事を見つけて、経営し、軌道に乗ったらまた引退する。それを繰り返すのだ。
そのうちに、コツを掴んだら、経営することそのものを最初から誰かに任せることが出来るようになる。
これが資本家の段階だ。
労働者から経営者になるというプロセスは、賛否あるが、僕はとても重要なことだと思っている。
労働者としての経験は、よき経営者になるためには必要なプロセスだ。
全ての労働者が経営者になる必要はない。
そんなことはできないし、人には向き不向きがある。
僕はまだ資本家としては駆け出しだ。
本当に小規模にいくつかの会社に出資しているに過ぎない。中には経営自身に僕が手を出さなければならないものもある。
さて、資本家としてさまざまな若い経営者たちと話をすると、彼らの多くは重要な認識が欠けているように思う。
若い経営者というのは、実際のエグゼクティブ、取締役メンバーに限らない。
会社におけるビジネスを担う立場、たとえば営業部長や事業部長といった人々は、経営者への道に片足を突っ込んでいる。
係長以上のマネジャーは皆、経営者であると言える。
彼らは労働と経営を切り離して考えなくてはならない。
しかし、労働者からのステップアップとして経営者になった場合、この切り分けができてないことが多いのだ。
経営者(つまり、ベンチャー企業の役員や5人以上のチームのリーダー)になりたての人間は、たとえば「戦略(Strategy)」という言葉をいとも簡単に使う。
「これは戦略的にやってるんです」
などという台詞が良く出てくる。
「こういう戦略でいきます」
という台詞もよく聞く。
彼らが「戦略」というものを正しく理解しているかどうかは、次の質問で見抜くことが出来る。
「そうか。わかった。では、戦略、作戦、戦術、兵站、それぞれについて説明してくれ」
そうすると、彼らが戦略と呼んでいたものがたいていは単なる戦術や作戦にすぎないことが解る。
兵站(へいたん)については・・・・若い経営者のなかで正しく考えている人を見たことがない。それどころか「兵站」という言葉の意味すらわからない場合が大半だ。
「戦略」とは、もちろん軍事用語である。
戦略を正しく説明するためには、良く似た言葉である作戦と戦術についても理解しなければならない。
そして戦略という言葉はそう簡単に使うべき言葉ではないと知る必要がある。
一般に言われている解釈に依れば、戦略(Strategy)、作戦(Operation)、戦術(Tactics)の順にマクロからミクロへと視点が移って行く。そして戦術に行くほど繰り返し用いる回数が多くなるはずで、戦略は滅多に動かしてはいけない。
たとえば
「今人気のあるこのWebサイトのデザインをもっと改良します」
というのは戦略ではなく戦術である。
「先日の展示会であつめた名刺リストに上から順番にアタックしていきます」
というのはひとつの作戦に過ぎない。
戦略とは幾多もの作戦から成り立つもので、単一の作戦に依るものは戦略とは言えない。
また、作戦を実際する現場では、無数の戦術が用いられることになる。
そして作戦、戦術を支えるのが兵站だ。
兵站とは、兵士の食料や武器弾薬の調達、新兵の徴集と教育、各基地間の通信や補給など、具体的な攻撃以外の全てを意味する。しかし軍隊の大半は兵站である。
実際に鉄砲を持ち、航空機で敵陣に攻撃を仕掛ける戦闘員の数倍から数十倍の要員が、基地の設営や食料と弾薬の補給と調達、通信設備の維持といった作業に従事することになる。
イベントに例えてみよう。
「イベントを開催するべきか。いくらの予算をかけて、どんな成果を求めるか」
これを定義するのが戦略。
「いつ開催するか、どこで開催するか、どんなイベントにするか、どこで宣伝するか」
これが作戦
「受付のシステムはどうするか、VIPが来た時には誰が案内するか、講演者の昼食はどうするか」
これが戦術である。
そして兵站とは、作戦に基づいて講演者を集め、交渉し、宣伝を行い、会場を下見し、当日の会場で実際に働くスタッフ(兵隊)を集め、「お辞儀は30度」などと教育し、来場者向けのネームタグをプリンターで打ち出し、お弁当を手配する、つまりイベント当日で直接お客様に触れない仕事全てを意味する。
言うまでもなく、イベントは始まってしまったらどう足掻いても戦略や作戦のミスを取り戻すことはできない。
戦略のミスとは、「このイベントでは期待した成果が得られない」ことであり、作戦のミスとは「イベントにぜんぜん人が集まらない!もっと宣伝に力を入れるべきだった!講演者にもっと魅力ある人物を加えるべきだった」ということであり、これは始まってしまったらどうにも取り返すことが出来ない。要するに後の祭りである。戦争と違うのは、これで命まではとられないということだけだ。
戦術のミスは、現場でいくらでもカバーできる。
戦術とは軍隊でいえば鉄砲の打ち方の問題なので、なんども撃っているうちに兵士が自分で修正することもできるし、監督者がうまく誘導することもできる。
自社で主催するイベントではなく、展示会のようなイベントでは戦略上、作戦上のミスがわかりにくい。
なぜならイベント全体がイベント会社の大きな戦略と作戦のもとで開催されており、単に集客だけみたら失敗することは少ないからだ。
結局、「ビラを配る時はこうしよう」とか、「こんなビラを置こう」とか、戦術面ばかり気にかけることになる。
労働者が担当するのは主に戦術面である。
卓越した労働者が昇進して経営者になったとき、戦略と戦術をよく混同するのはそのためだ。兵站のことなど忘れられている。
営業トークの秘訣や見積書の書き方と価格交渉のスキル、これは戦術だ。
そうした戦術を部下に教える、これは戦術教育なので兵站だ。
誰が何を欲していて、我々は何を提供すべきなのか、それが戦略であり、具体的に何をつくり、いつ発表し、どのように売り込んで行くか、これが作戦だ。
ひとつの戦略を構成する作戦はひとつではない。
全体としての戦略は、できるだけ敵に知られてはいけない。
だから戦略は隠す必要がある。
ところが世の中で「戦略」と呼ばれているものは、あまり隠されていないように見える。
なぜかといえば、それは上場企業が掲げる戦略ばかりが目立つからだ。
上場企業とは、いわばオープンリーチをし続けるかわりに株式市場から資金調達することを許された企業であり、経営者としては最も難しいレベルに到達した人だけが初めて許される行為である。
とはいえ戦略の詳細については事前に競争相手にバレては戦えない。
だから上場企業が外向けに掲げている戦略は、「エコロジー&テクノロジー」とか、「コンピュータ&コミュニケーション」とか、かなりぼんやりしたキャッチフレーズで語られることになる。
これだけを見て、「ああいうのが戦略なんだな」と思ってはいけない。
それは戦略をぼかしてぼかして、なんだかわからなくしたものだ。
実際の戦略とは、もっとずっと泥臭く、具体的なものだ。
そして作戦に至っては、実施するその瞬間まで、だれにも明かされないことが多い。
作戦レベルでは他の作戦の多くは知らされないし、戦術レベルでは作戦の全貌すらも知らされないことは少なくない。敵の捕虜になった場合に作戦が漏れたら大損害が起きるからだ。
これは戦争に限らない。
たとえばジョージ・ルーカスはスターウォーズのエピソード5を撮影するとき、撮影現場のスタッフや出入りの業者から「スターウォーズの新作を撮影している」という情報が漏れることを嫌って、偽の映画を企画し、全員に偽のスタッフジャンパーを着せた。これは作戦を隠蔽するための戦術である。
また、ダースベイダーがルークに向かって「私はお前の父だ」と告白する衝撃的なシーンの撮影では、ダースベイダー役のデイブ・プラウズには「お前の父を殺したは私だ」と言わせ、周囲を欺いた。
戦略がわからないという例で最も有名なのはAppleだ。
Appleはどんな戦略を描いているのか、特に説明はしないし、誰にもわからない。
誰もがAppleの戦略を知りたがり、予想を試みるが、実際にはどういうつもりなのかわからない。
これは戦略として非常に正しい。
しかもAppleは株主にわざわざ戦略をくどくど説明する必要はない。
ただ「iPhoneもMacも売れている。これからも売るつもりだし、売れるだろう」と言い続けるだけでいい。
Appleの戦略の片鱗が見えるのは、彼らがその作戦・・・つまりiPodやiPhoneや新しいOSXを発表したときだけだ。
Appleの戦略は歴史を振り返らないとわからない。
そして振り返ってみると、実に見事な戦略を採用していることがわかる。
これに比べると、ソニーの戦略は恥ずかしいほどにバレバレだった。
聞かれるよりも前に自分で自分がどうしたいのか人に話をしていた。
まったく注目されないような三流企業ならまだしも、ソニーのような超一流企業がそんなやり方をしたら、誰もがことあるごとに妨害することになる。
競争相手に付け入る隙を与え、実際につけ込まれた。
AppleがMac専用だった頃のiPod向けのニッチなiTunes Music Store用に格安で楽曲を提供して欲しいとレコード会社を巡った時、ジョブズがこんな野望を抱いていたと知ったらサインしただろうか。また、仮に知ったとしても信じられなかっただろうし、仮に信じたとしたら、Appleの野望はその場で叩き潰すべきだと考えたかも知れない。悲しいことに幸か不幸か、この時点でAppleを妨害したのはバレバレの戦略を掲げたソニーだけだった。
Appleは、例えば大半の社員でさえ発表の瞬間までiPhoneがどんなものか知らなかったそうだ。
これは社内でも厳しく情報統制がされていることと無関係ではない。
個人的な経験だが、何年か前、僕は某キャリアと「iPhoneに対抗できる端末を開発するには?」というテーマの会議が予定されていたその当日の朝に、iPhoneがそのキャリアから発売されることになって担当者も寝耳に水で驚いていたことがある。
会議は予定通り開催されたが、話す内容も雑談ばかりになって、一週間も立たずにそのワーキンググループは解散してしまった。
明かされるべき戦略というのは、常に成功した企業が過去に行ったことだけだ。
未来にどうするつもりなのか、それを説明する相手は資本家だけでいい。
もちろん資本家からも情報は漏れる。というか一目散に漏れると思っていい。
彼らに説明すべきは、Appleと同じこと。つまり「いまiPhoneは売れていて、これからも売るつもりだ」ということで充分なはずだ。それができない経営者だけが、本当の戦略を語ってしまう。
2001年にSONYが音楽プレイヤーを作って音楽の電子流通を牛耳り、それを皮切りに映画やゲームソフトの流通までを支配する、と言ったら、信じる人は多かっただろうが、Appleが同じことを言っても誰も信じなかっただろう。
「君の会社の将来の戦略を説明して」
と言うと、本当に困り果てる経営者が居る。
しかも、経営者は虚勢を張るのが仕事だと思っているフシすらあるから、困り果てた、という顔をしながらも口ではなにか適当なことを言ってみせるが、何も考えていないのはバレバレだ。
逆に
「君の会社の戦略を立てて」
と言うと、本当に困り果てて無理矢理なプレゼンテーションを書いてくることもある。
たまに「どうすればいいのか本当にわからないんですよ」と逆ギレ気味に言ってくる人も居る。
本人は経営者になりたいのに、経営者としての仕事をできてないのだ。
一番ヒドかったのは(このエントリーの対象読者の筆頭でもあるが)、「5年後、10年後にどうなっているか書いて」と言ったら
「5年後に国民栄誉賞、10年後にノーベル平和賞を授与される」
と書いて来た人が居て、
「そりゃ戦略でもなんでもない個人的な妄想と野望だろうが!」
と怒りを通り越して呆れてしまったことがある。
当然だが、事業の発展と個人的な地位の向上(野心)は完全に切り離して考えなければならない。
優れた事業は創業者が死のうがずっと続いて行くのだし、いつまでも創業者がしがみついていてはいけない。
この、個人的な野望(妄想)と、事業の展望を混同してしまう人が多いのも、戦略という概念が正しく理解されていないことの証かも知れない。
先日、良く知らない大学生と話す機会があった。
僕は若い人に会った時にはたいてい聞くことがある。
「君は将来、どんな人間になりたいの?」
すると
「神になりたいです」
と大真面目な顔で言う。
そんなときは決まって
「うん、まあいいよ。でも、それ、別にユニークでも面白くもないから」
と返すことにしている。
「神になりたい」という若者は少なくない。老人でもそう。
けど、そんな荒唐無稽な話をすればするほど、その人間になにもないということがバレてしまう。
しかしそんな人でも労働者としては極めて優秀な場合も少なくないのだ。
彼らがなんとか経営者としての自覚と能力に目覚めて欲しいと願ってやまない。
労働者と経営者の間にいると、いつまでたっても経営者としての仕事を自覚できないことが多い。
労働は、経営に比べたら悩むことは少ないので、経営者になれる程度の実力をもった労働者にとっては、むしろ労働はラクなのだ。
労働と経営の区別をいつまでもつけられない経営者はどうやって見抜くのか。
三年も放置してみればすぐわかる。
会社の規模は大きくなっているか、従業員をちゃんと食わせているか、ボーナスは出しているか、従業員は育っているか、売上げは?利益は?借金でクビがまわらないような生活になっていないか。
これまでの人生のなかで、僕は優れた労働者が、凡庸以下の経営者に成り下がる様子を沢山見て来た。
そうした人々は労働者として卓越していたが故に、経営というより困難な仕事からの逃げ場としての労働に走ることをやめられない。
経験則として、例えば三年経っても仕事でプログラムを書いてる社長の会社は、それ以上発展しない。
プログラマーの仕事は労働者としての仕事であり、社長の仕事は経営者の仕事だ。
これを両立することはできない。
たとえば僕は仕事でプログラムを書くことをやめてから、会社が発展するようになった。
プログラマーとして優れた人間を雇い、彼に全ての開発責任を移譲した。
そうして部下が育ち、むしろ僕がプログラムを書くよりもずっとマシな製品な世の中に出せるようになった。
社長のコードにケチはつけられない。
僕自身がかなりいい加減に書いたコードで現場を混乱させることはなくなった。
プログラムをやめたあとも、しばらくは仕様書を書いていた。
しかし今ではそれもやめた。
仕様書や企画書が書ける部下が育って来た。
いまでは僕よりずっとマシな仕様書や企画書が書ける。
仕様書をやめたあとは、プロデューサーとしてしばらく働いた。
しかしその才能は僕にはなかったから、外から優秀なプロデューサーを連れて来た。
これですべてが上手く回るようになった。
それで経営に集中できるようになった。
少なくとも僕はね。
新しく仕事を作っては誰かに任せて、うまくまわるようになったら自分は引退する。
それを繰り返すのが経営者だ。
経営者として一人前になりたかったら、まず戦略を組み立てる癖をつける。
戦略とは、複数の作戦から組み立てられる。作戦を実行するときに差別化されるのが戦術だ。
そしてそうした戦略全体を下から支えるのが兵站である。図にするとこう。
どれが欠けてもうまくいかないが、全ての出発地である戦略が間違っていたら全体の修正には多いに時間がかかる。
アイデア一発勝負でうまくいったWebサイトやアプリケーションなどは、作戦が先行しているのでどうしても戦略が弱くなる。
戦略を組み立てるには一歩引いて考えなければならない。
そして兵站の確保は最重要で、兵站を確保するための作戦、いわゆる補給作戦も考えなくてはならない。
補給作戦まで考えている経営者は滅多に居ないが、それがないから部下が育たない。
闇雲に人材を募集しても、望んだ組織は作れない。
例えばAppleの2001年~2010年までの戦略をざっくり図にするとこんな感じ
直営店を最初に作っている。
これはブランドイメージと秘密主義を両方コントロールし、なおかつ利益も最大化できるという方法だ。
2001年5月にバージニア州マクリーンに一号店がオープンした。
iPodすら発表されていないこのタイミングに直営店のオープンというのは誰もがクビを傾げた。
しかし、このわずか4ヶ月後、iPodが発表される。実際に発売されたのは11月。
今は全世界に300店舗もある。
AppleStoreを担当したのは「ターゲット」というアメリカの大手スーパーマーケットから引き抜かれたロン・ジョンソン。また、当時のAppleはGAPのCEO、ミッキー・デクスターが居て、内装はGAPと同じ業者が担当した。
アメリカの小売店は薄暗い照明が多かったが、例外的にターゲットとGAPは明るい照明で、確かにAppleStoreもGAPやターゲットに近いものを感じる。
iPod発売前でも、Macの売上げを向上させ、早くも利益に貢献した。
これはなぜかというと、製品の売上げは店舗面積に比例するという流通業界の法則があるからだ。
(もちろん誰も欲しがらないようなものは当然だめだが)
バージニア州マクリーンに一号店を展開したというのも興味深い。
バージニア州は人口わずか800万人の田舎だ。
マクリーン市に至っては5万人しかいない。
田舎で始めることで、致命的な失敗を回避することができる。
これはいわば店舗のクローズドベータテストだ。
同時にカリフォルニア州グレンデールでもオープンする。
グレンデール市も人口20万人の小さな都市だ。
とはいえロサンゼルス郡の北部にあり、人口1500万人のロスアンゼルス市もすぐ近くにある。
少し熱心なアップルマニアがロスに住んでいたら、足しげく通うだろう距離だ。
東京の感覚では埼玉市に近い。
同僚が住んでいることが多いけど、遊びに行くにはちょっと遠いかな、という場所だ。
バージニア州はワシントンD.C.に接していて、ロスは西海岸を代表する場所でもある。
東西同時にスタートすることで、全米展開をやるぞ、というイメージを最初から打ち出せたわけだ。
それからiPodの発売、そしてiTunes Music Storeと畳み掛けるように新製品をリリースする。
ジョブズのプレゼンが神憑って来たのはまさにこの頃だ。
とはいえ神懸かり的なプレゼンばかりがクローズアップされることが多いAppleだが、これは戦術のひとつに過ぎない。
戦略のなかではプレゼンが果たす役割は小さくはないが、大きすぎるというわけではない。
より重要なのはそれぞれの分野でトップレベルの実力を持つ優秀な人物、ロン・ジョンソンやティム・クック(部品調達とサプライチェーンという兵站上最も重要な部分を任せられる人物)、ジョナサン・アイブ(優れたデザインを生み出すデザイナー)といったキラ星の如き人材を集め、Foxconnやシャープなどから部品提供を受けるなど、兵站の確保をきちんと行っていたことだ。
兵站がなければどんな戦略を組み立ててもそれは無用の長物である。
ジョブズがどれだけ兵站を重視していたか、ということは、彼の死後、CEOを引き継いだのが兵站を担当するティム・クックになったことでもわかる。
会社の大半は兵站なのだから当然だ。
Appleが高収益企業なのは、ジョブズのプレゼンが上手いからではない。
クックの在庫管理が神憑っているからだ。
ソフトウェア企業には基本的には在庫がないので兵站学の重要性がわかりにくい。
しかし、兵站とは社員の教育から新製品の開発までソフトウェア企業の大部分を占める。
製品とは、軍隊で言う兵器であり、それを実際に利用してお金を稼いでくる営業マンだけがソフトウェア企業における兵士だ。
兵士は戦争の主役である。
どれだけ優れた兵器を作っても、兵士が正しく運用しなければ戦闘に勝てず、戦闘に勝てなければ戦争には負ける。
ベンチャーでは、しばしば営業マンが存在しない会社すらある。
そういう場合、営業マンがいないのではなく、社長が営業マンという兵士を兼ねているに過ぎない。
それはまるで中世の荘園だ。
領主だけが戦争に赴き、領内の農民達は明日の生活に不安を感じつつも呑気に暮らしている。
ただし、顧客と直接相対するコンテンツビジネスの場合、兵士イコール開発者になる。開発チーム全体が一丸となって戦わなければ勝利はない。そこでは無数の戦術と作戦が繰り返されることになる。
そのかわり、しばしば人間関係がギクシャクすることがある。
戦略、作戦、戦術は、局所的にも存在しうる。
大きな会社が複数の事業部門に別れている場合、その部門だけの戦略、作戦、戦術がある。
この三つの違いはタイムスケールの違いとも言える。
一般に企業では戦略は5~10年、作戦は3ヶ月~1年、戦術は1日単位の計画だと考えると掴みやすいかもしれない。
戦略的な思考法を身につけなければ経営者として一人前になることは難しい。
経営者とは、肩書きや地位を指す言葉ではなく、能力を指す言葉だ。
技術者、というのが肩書きでないの同じだ。
技術者を名乗る人が技術を知らなければ恥をかく。経営者を名乗るべき人に経営能力がなければ、それは経営者ではないのだ。
経営者という言葉は重すぎる、というのであれば、マネージャーでもいい。
マネージャーを名乗る人間にマネジメント能力がなければマネージャーと名乗るのは恥ずかしい。
マネジメント能力とは、遅刻しないとか太らないとかタバコを吸わない、といったことではない。
それは戦術レベルの話であって、一兵卒の考えるべきことだ。
マネジメント能力とは、戦略を立て、作戦を立て、兵士に戦術を実行させることだ。
実際に戦うことではない。兵士は、直接の部下でなくGoogle AdSenseでもAmazonでもいい。
会社の経営者がしばしばオフィサーと呼ばれる(CEO,CTO,CIOなど)のは伊達じゃない。
オフィサーは、やはり軍隊用語であり士官、将校を意味するのだから。
かつて個人ブログをやっていたときに書いた「戦略、戦術、戦闘、兵站」というエントリは非常に幅広い方に読んでいただいて、いくつかの会社では研修にも使っていただいたらしい。
自分で読み返すとところどころ勢いで書いてしまってる部分もあるので、少し気恥ずかしいのだが、最近読んだOODAループとの関係性から、僕の中での戦略論を一度整理しておこうと思う。この整理が、読者諸氏の日々の仕事のご参考になれば幸いである。
■用語について
本稿では、戦略、戦術、戦闘、兵站、作戦という日本語を、下記の英単語に割り当てることとする。
戦略: Strategy
戦術: Tactics
作戦: Operation
戦闘: Combat
兵站: Logistics
ここで定義をはっきりさせておくことが大事なのは、日本語と英語(を含む他の外国語)は必ずしも一対一で対応するものではないからだ。ただし、僕が学んだ戦略、戦術、戦闘、兵站、作戦という言葉は、いずれも米国由来のものである。ちなみに特に重要な三つの言葉(Strategy, Tactics, Combat)に全て「戦」という漢字を充てていることに注意したい。漢字が共通するからといってこの三つの言葉の意味と区別が曖昧になってはいけない。
ここで整理するのは主に浜野保樹先生による東大大学院の講義と、主に米国のマーケティング関連書、米軍の戦略論、僕個人の外資系企業で働いた経験を元にしているので米語を使うのが自然であると考えるからだ。
まずはそれぞれの単語についての説明から行いたい。
■戦略(Strategy)とはなにか
本稿では、戦略を「目指すべきゴールと大まかな作戦指針」と定義する。
戦略においては通常、複数の作戦を同時並行的に行い、目指すべきゴールを目指す。
実は、戦略が難しいのは、普通人間は複数のことを同時並行で行うことに慣れていないからである。
人間が同時並行で行うことができるのはせいぜい二つか三つであり、とりわけ集中して思考できるのはたいてい一つしかない。
しかし実際に戦略を用いて相手を打ち負かすためには、資源の許す限りできるだけたくさんの作戦を同時並行で行う方が有利である。
つまり戦略を用いれば勝率が上がることは間違いないが、そもそも戦略を用いること自体が人間の機能として備わっていないので用いることが困難なのである。
受験勉強でいえば、5教科全部を同時並行で勉強するのはとても難しいので、1教科ずつ勉強するしかないという状態だ。どれだけ天才と言われる人でも、5教科を同時に勉強する人はいない。
しかし、1教科ずつ5回に渡って勉強することはできる。戦略と作戦もそれと同じで、1つずつの作戦(教科にあたる)を検討して、全体で複数の作戦を同時並行で実行する。ただし、作戦を遂行する人間は、戦略を立てる人間とは別であることが望ましい。そのほうが、集中力が高まり作戦の成功率は上がる。
したがって、企業は通常、戦略を公開しない。戦略を公開すれば、競争相手に打ち負かされる確率が上がるからだ。
経済誌は戦略を読み解くための手がかりとなる情報を出し、アナリストは戦略を読み解いて解説しようとするが、どの企業も真の戦略を決して公表することはない。多くの場合は、現場で働く人間にさえも戦略を公表しない。その人が転職するかもしれないし、戦略を思わず誰かに漏らしてしまうかもしれないからだ。
戦略が明らかになるのは、戦略に基づく作戦が公然と実行された時のみである。
■戦術(Tactics)とはなにか?
本稿では、戦術を「戦闘に勝つための手法、技術」と定義する。
受験勉強の例で言えば、どの科目をどの順番で勉強するかが「戦術」に当たる。
戦術は戦略と対をなすものであり、戦略に基づいて戦術が立てられるが、作戦そのものではない。
作戦を実行するための基礎的な技術であり、枠組みである。
ビジネスでいえば、プレゼンテーションのテクニックや見積もり交渉のテクニック、発注側ならばRFPを書く能力などがこれに相当する。
戦術は個別の戦闘そのもの(たとえばコンペ)には大きく影響を及ぼすが、それが戦略全体に影響することは少ない。戦略を立てる者は自らの組織が使える戦術の性質について熟知しておく必要がある。しかし戦術だけを極めても戦争全体に勝つことは難しい。
たとえばIT企業の戦略においては、エンジニアの力量は戦術的能力と言える。
エンジニアは力量の差によって絶大な効果をもたらす場合がある(もちろんその逆の場合もあり、多くの企業はここで失敗する)。IT企業の戦略を立てる者は自社のエンジニアの客観的な強みと弱み、彼らが用いる技術(戦術)について熟知しておく必要がある。
■作戦(Operation)とはなにか?
作戦(Operation)は特に翻訳が難しい言葉だ。ここでは便宜上「作戦」としているが、実際には「Operation」は様々な意味で用いられる。Operationに相当する訳語として、他に「運用」「手術」などが割り当てられることもある。
軍事作戦(Military operations)においては、戦略に基づき「特定の目的(任務)を達成するための具体的な活動」を指す。
作戦には任務(Mission)が与えられる、例えば「この中隊であの丘を攻略しろ」などである。
この任務に基づき、どのように戦術を組み合わせて攻略するかという計画を作戦と呼ぶ。
たとえば「第一小隊は陽動戦術を用い、迫撃砲で敵を撹乱し、第二小隊と第三小隊は主攻として正面攻撃、第四小隊は単独で敵の側面に回り込み、隙を見て突撃せよ」などというふうに組み立てられる。これが作戦である。
作戦がまずいとどれだけ兵力差があってもまず戦闘に勝つことはできない。
故に作戦は戦闘に於いて最も重要な役割を持つ。
作戦は一人で実行されることは極めて稀であり、通常、複数人によるチームによって実行される。
ビジネスでいえば、展示会への出展は作戦であり、各展示物をどのように表現するかは戦術である。展示会のブースでどのように導線を作り、どのようにKPI(任務)を満たすか決定し、実行する。
企業において作戦を立案・実行する責任は部長がとる。部長は事業部長からの命令を受け、作戦を立案し、承認を受け、実行する。
■戦闘(Combat)とは何か?
本稿では、戦闘(Combat)を実際に発生する利害関係の衝突と定義する。
戦争と異なり、ビジネスにおいては、利害関係が衝突する場合としない場合がある。
ビジネスでは類似した商品を販売している2社があるとき、ある顧客に一方が商品を売ることに成功すれば、もう一方が商品を売ることに失敗する、単純なゼロサム(零和)ゲームだけとは限らない。
たとえば、世の中に全くないジャンルの「清涼飲料水」を販売しようと考えた時に、直接利害が衝突する場合もあれば、むしろ新しいジャンルの商品を広げるための仲間として、同業他社を捉えることができる。
「綾鷹」を飲んで見たら、「おーいお茶」を飲んでみたくなる、という感じで、利害関係が衝突しつつも、共生関係を構築することは可能だ。
また、ビジネスにおける戦闘、すなわち利害関係の衝突は、同業他社との間で起きるとは限らない。むしろ顧客と自社のなかでの利害関係の衝突の方が専ら発生確率が高い。
つまり、「安く書いたい」顧客と、「高く売りたい」自社との利害関係の衝突である。
ビジネスにおける私の師である川上量生氏は、かつて「見積もりは最もクリエイティブな行為である」と語った。
顧客に自社の仕事の価値をアピールし、提示した価格は割高ではなくむしろ割安であり、リーズナブルであると確信させるという意味で、確かにクリエイティブな行為であると言える。
ここで私は「クリエイティブ」という言葉を、日本の広告業界の言葉として敢えてカタカナで使っている。広告におけるクリエイティブとは、コミュニケーションの形成であり、顧客企業の商品を消費者に納得して買ってもらうための創作活動(キャッチコピーの考案、CMの制作、広告の制作全般)を指す。
見積書を書くということは、顧客との価値のコミュニケーションを成立させる直接的な行為なので、確かにこの意味でクリエイティブな行為と言える。
ビジネスにおける戦闘は、戦争における戦闘に比べてかなり複雑だ。製品さえよければ売れる(プロダクトアウト)と言い切れるわけでもなく、ニーズがあれば売れる(マーケットイン)と言い切れるわけでもないところが実に難しい。
■兵站(Logistics)とは何か?
さて、戦争においてもビジネスにおいても、最も重要な概念が兵站(Logistics)である。
日本では兵站学が十分発達しておらず、むしろ旧日本軍においては兵站を担当する輜重兵が軽視されていたために戦争に敗北したとさえ言われている。
私自身は、この言葉と概念を浜野保樹先生の講義で初めて理解した。浜野先生の早すぎる死は、なんと勿体無かったか。
ある製品がヒットしたとき、色々な人が「ヒットの理由」を考える。しかしそれはたいてい勘違いである。
ヒットの本質的な理由を誰もが知ろうとするが、ほとんどが偶然の産物であることは、ヒット商品の開発者が二つ、三つとヒットを連続して作れないという客観的事実から明らかだ。
それでも数少ない例外が存在する。例えば宮崎駿だ。「もののけ姫」以降の宮崎駿はどんな作品を作っても必ずヒットを飛ばす。
もちろんそのヒットの裏には名プロデューサー、鈴木敏夫の存在がある。
皮肉なことに、作品の評価と興行収入は必ずしも一致しない。若者世代には意味不明と言われた「風立ちぬ」の興収は120億。いまだにファンが根強い「天空の城ラピュタ」はジブリの歴代興収再開で11億でしかない。
これは宮崎駿という作家と、一般大衆との間に、奇跡的に「コミュニケーション」が成立したからこそ成り立つヒットであり、無名の作家が作品力だけを武器として一朝一夕に達成することはできない。
ヒット商品の開発者は大勢いるが、彼らがなぜ、次、その次へとヒットを連発できないかと言えば、映画や漫画などの作家性を強く感じる商品に比べて、企業の中で個人性を極力排除した製品づくりを余儀なくされているからである。
スティーブ・ジョブズは、通常没個性化される電化製品を個人性と結びつけて売ることに成功した歴史上ほとんど唯一の人物で、スティーブ・ジョブズとAppleが同一視されることによって、Appleが売る製品は製品というよりも作品として捉えられることになった。
こうしたことを可能にしているのは、実は個人の才能ではない。
奇跡のようなヒットを連発する組織を作るためには、兵站の確保が必要不可欠なのである。
兵站(Logistics)とは、戦闘に直接関わらない部分全てを指す。
つまり、戦争でいえば、徴兵・練兵・武器・弾薬・通信・郵便・食料・輸送などである。戦争に金がかかるのは、戦闘で死んでいく兵隊やその家族への恩給が高いからではなく、戦闘を実行するための兵站に金がかかるからである。
戦争の大部分は兵站にかかっている。つまり戦略においては、作戦や戦術よりもむしろ兵站を整える方が難しく、また、絶対的な影響力を持つ。
軍事的天才であり近代戦争の世界を切り開いたナポレオンが敗北したのも、ヒトラーが敗北したのも、兵站の不整備が問題だった。
一人の英雄だけでは持続的に成長する組織を作ることはできないのだ。
ジョブズ亡きAppleを率いるティム・クックは、まさしくビジネスにおける兵站学の専門家である。彼はジョブズ復帰後のAppleの製造・部品調達・サプライチェーンに深く関わった。
ティム・クックは、サプライチェーンの各工場に他社よりも2桁多い注文をするにも関わらず、値引きを一切要求しなかった。それどころかむしろ他者よりも高い値段で買い、それでいて在庫日数を非常識なまでに減らすことに成功した。
スーパースターとなったジョブズのもとには、全世界から彼の元で働きたいと考える若者が集まる。ティム・クックは製品を作るより先に、ジョブズの名声を利用して必要な才能(徴兵)を集め、組織し、戦うための武器(製品)を作らせ、世界中へ供給するための流通網を整備した。
ティム・クックがスーパースター亡きあとのAppleをかなりの期間持ちこたえさせた手腕はもっと評価されて良い。最近苦しくなっているが、それはやはり製品に以前ほどの強烈な個性を感じられなくなってきているからだろう。
ここは苦しいところだが、なんとしても乗り越えなければならない。
しかし繰り返し繰り返しヒットを出す会社も存在する。例えばマーベルである。
マーベルの諸作品の原作は全てスタン・リーが担当しているが、映画の監督はバラバラ。コミックの内容とも映画の内容は異なる。
つまり、マーベルにとって、スタン・リーは象徴的スーパースターであるが、彼の死後にマーベル映画の衰退を心配する声は全くない。
これは今のところ、マーベル・シネマティック・ユニバースの兵站(Logistics)がうまくいってることを意味している。誰が監督になろうと、「アベンジャーズ/エンド・ゲーム」で一度物語が全部終わろうと、マーベルが生み出す世界は持続すると誰もが考えているからだ。
絶妙なキャスティングといい、脚本といい、監督といい、マーベルは今、世界で最も安定的な兵站組織の一つを手中に収めているといって良い。毎回違う組み合わせだが、毎回ヒットを飛ばす。これはなかなかできることではない。
■OODA(ウーダ)ループとはなにか?
さて、ではどうすれば強固な兵站を構築できるか。そして自律的に行動するチームからなる組織を作ることができるか。
その鍵がOODAループにあるのではないかと、私は考えている。
OODAループは、もともとアメリカ軍の機動戦ドクトリンに端を発している。
アメリカ軍は、陸軍、海軍、空軍、海兵隊、沿岸警備隊の五軍からなる世界最強の軍隊だ。
その中でもとりわけ海兵隊は、異彩を放つ部隊である。
5軍の中で最小にして最強。もともと海兵隊は艦艇の移乗白兵戦を担当する部隊だ。つまり、敵の船に乗り込んでいき、狭い船内で敵の水兵を直接ぶっ殺すという、軍隊の中でも最も荒っぽい任務で知られる部隊だった。
現代戦では、移乗白兵戦は滅多に起きないが、逆に言えば、移乗白兵戦をする前提で存在する軍が5軍の一つとして現存していることこそが、アメリカ海兵隊の特異さを示している。
現在の海兵隊は、自軍の揚陸艦で敵地に強襲を掛け、敵の眼前に上陸して橋頭堡を築くという、最も過酷な任務を請け負う部隊である。
独自の艦艇と航空部隊、そして当然、陸戦部隊としての歩兵部隊と戦車隊を有し、五軍の中で最小の軍でありながら陸海空全ての戦闘能力を有する部隊である。
現代の海兵隊の基本戦略はOODAループに基づいている。
海兵隊は全世界におよび海兵隊空地任務部隊(MAGTF;Marine Air-Ground Task Force)を持ち、命令から5日以内に地球の全沿岸水域の75%に進出可能で、そこから6時間以内で水陸両用作戦を展開できる。このような遠征軍を海兵遠征軍(MEF;Marine Expeditionary Force)と呼ぶ。
さらに海兵遠征軍には、それぞれ独自の海兵隊兵站部隊(MLG;Marine Logistics Group)が確保されており、やはり米軍が兵站を強く意識していることがわかる。
海兵隊において実際にMAGTFに対してOODAループを適用する前と後を比較し、効果ありと論評した論文が米国防衛技術情報センターから公開されている(https://apps.dtic.mil/dtic/tr/fulltext/u2/a566700.pdf)。
それほどまでに浸透しているOODAループとは何だろうか。
OODAとは、観察(Observe)、姿勢(Orient)、決断(Decision)、実行(Action)からなるループを意味する。
とはいえ、OODAループが言わんとしていることはシンプルだ。
「観察が正しく、ループの回転が早い方が勝つ」というだけである。
つまり、あらゆる戦闘も戦略も、観察から行動までのループを高速に回すことと、観察することを第一に心がける、という単純な原理に過ぎない。
モノの本によれば、OODAループが勝つ理由は、「チェスの名人と対戦するとき、相手が一手打つ間に自分が二手打てば、勝率ははるかに高まる」ということに尽きる。そりゃそうだという話でしかない。
ではどうすればこのOODAループを最大限に活かすことができるか?
そのためには、信頼関係に基づく権限移譲と、自立的に考え、行動できるチームが不可欠である。この単位は細かければ細かいほど良い。
究極的には、構成員一人一人が自分に与えられた任務を理解し、それに向かって与えられた資源(ヒト・モノ・カネ)で効果を最大化していくのが望ましい。
このことが意味することは、実はマイクロマネージメントで有名なスティーブ・ジョブズの真似をしてはいけないということである。
この二十年、「なぜ日本にはスティーブ・ジョブズがいないのか」という悲観論を繰り返し聞いてきた。しかしよくよく考えれば、ジョブズの人生というのは失敗の方が多い。晩年の数少ない成功だけに注目しても仕方がない。
ジョブズの人生は失敗とピンチの連続だった。彼が経営者として類稀なる輝きを放っていたのは、晩年の10年余りに過ぎない。その理由は、まさしくマイクロマネージメントにある。